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どれだけぶりでしょうか?久しぶりにこのブログにログインしてみました。
すると、全く更新していないこのブログに、結構な数のコメントがきていました。 正直、うれしかったです。 こんな、もう古びたブログを読んでくださり、コメントしてくださることがうれしいのです。
批判的なコメントもありますし、昔の自分なら精神的に動揺してしまうようなものもありますし、 私に向けて書いているようで、ご自身に向けて書かれているようなものもあり、みなさんさまざまです。
全部読みました。 どれも、うれしいです。
ただ、もうこの自分で書いたブログを読むことのない私には、いまさら何を承認の基準にしてよいのかわからず、 ひとつ承認したところで手が止まってしまいました。
どうか悪く思わないでください。 もう、私には、ブログを書いていた当時の基準が思い出せないのです。
「その後」を書こうかな、と思ったこともありますが、まだ、「その後」は完結していません。笑。 やはり、些細な問題ではなかった、ということなのでしょう。
今の私について、少し書いておきます。 私はもう、マクロビオティックは、これっぽっちも信じていません。 どこまで書いたか忘れましたが、私も結婚して母親にもなりました。 やはり遺伝なのでしょう、子供にもアレルギーはありますが、一般的な医者の指導のもとで気長に治療を続けています。 その意味では、マクロビオティックは、もう過去のものとなっています。 まして、細かい教義(?)考え方(?)については、議論する気も起こりませんし、 「本当のマクロビオティックはこうじゃない」と言われても、「ああ、そうですか」と返すだけです。 マクロビオティックがどんなにすばらしい内容のものに変化したとしても、 マクロビオティックという名前がついている以上、私が信じたり実践したりすることはありません。
母親とは、冠婚葬祭以外はほぼ会いません。遠方に住む親戚のおばさん、くらいの付き合いです。 母親のことは、きっと今でも好きだと思います。 でも、このブログに書いたことの責任は、やはり母親にあると思います。 最愛の母親が被害の原因であるという事実、今となってはこれが一番しんどいかもしれません。
ただ、誤解してほしくないのは、以前も書いたと思いますが、 母親だけが悪かったかというと、そうではないとも思います。 嫁姑問題で母親に負担をかけた姑、それをケアしなかった父親。 マクロビオティックに妄信して暴走する母親を止められなかった父親。 当時すでに健康被害が出ていたのにマクロビオティックを体系化し広めた指導者。 母親にマクロビオティックを勧めた母の友人。 それから、それから・・・。
全部は書けませんが、さまざまな要素が結集した結果だと思います。 でも、やはり、最終的な責任は、母にあるのです。
母には、何年か前に、このブログに書いてあるようなことを含め、思っていることの1万分の1くらい話しました。 全部話したつもりはありませんでしたが、それでも、母は受け止めきれなかったようです。 母には、疎遠であること以外には、とくに何も期待していません。 よくある仲良し母娘というのは、無理でしょう。 距離をとった付き合いしかできない、それはもはや仕方のないことだと思います。 このように書くと、○○すべきだ、と「助言」する人が少なからずいて面倒なのですが・・・。 今後、母がどうするのか、私がどうするのか。 それは、簡単には解決しないでしょう。 それだけのことが起きていた、ということです。
もう、私は、自分が何年も前に書いたこのブログを、読むことはないでしょう。 だから、自分がどれだけ変わったのか、変わっていないのか、それはわかりません。 ときどき、こういう形で気まぐれに更新することもあるかもしれません。 でも、基本的には、もうこのブログは、当初のような仕方では、書くことはありません。 ただ、特に問題が起こらない限り、公開したままにしておこうとは思います。 どこかで、誰かが読んで、何かを思う。 その出会いは、素敵だと思います。
では。
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