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許すということ
複数の方にコメントなどで「お母さんを許してあげてほしい」という趣旨のメッセージをいただいて、ふと考えていると、時間がたってしまいました。


今日はちょっと寄り道して、そのことについてお話したいと思います。


「母を許して欲しい」「許せる日がいつか来る」という言葉に、なんとなくひっかかっていたのです。


つまり、「許す」とはどういうことなんだろう、と疑問に思ったのです。





今、わたしの母が、マクロビオティックに関して私にしてきたこと、特に小さい頃にしてきたことは、今でも悪いことだと思っています。

「母は悪くない」「子供を思ってやったこと」と言い訳ばかりして、「良いこと」だとか、少なくとも「悪いことではない」と言ってしまうのは違うと思うのです。


なぜなら、第二の「わたし」が育てられるのを、黙ってみていることになりますから。


もう一度あの経験がしたいか?と言われれば、嫌だと答えます。


マクロビオティックが本当に良いのかどうか情報収集し、冷静に自分の頭で判断すべきだったし、何事もそうですが、もし子供に実践させるにしても、子供の気持ちを想像し考えながらすべきだと思うのです。


親が正しいかどうかわからないものを、その不安が大きい分だけ子供に強制するというのは、親の勝手な都合でしかないと思います。


親だって人間だから、そんなに完璧を求めないでと言われるのもよくわかるけれど、せめて今言ったようなことが頭にあれば、少しは違ってくると思うのです。







マクロビオティックを強制し、他の世界を遮断したこと、このこと自体は悪いと思っているけれど、しかし、親を恨んだり責めたりしようとは思いません。


両親がわたしにしてくれたことは、食のことだけではないし、いろいろなところで「わたしが親でもここまでできないなぁ」と思うことをたくさんしてくれました。


昔から言うように、「罪を憎んで人を恨まず」というのに近いのかもしれません。


それは、自分がもう子供ではないから、ということもあるし、一緒に住んでいないということもあると思います。








それに、あまり話さない予定でしたが・・・


少なくとも、今の両親よりは自分の方が豊かな食生活をしている自負があります。


「豊か」といっても、金額的に高いとかそういう意味ではなくて、食を楽しめる状況にあるからです。


確実に料理も母より上手いと思います。


そして、母は、マクロビオティックの正しさと、砂糖や添加物の多いものを食べたいという欲求との間で揺れていて、不安定な状況にあります。


そんな母を見て、むしろ可哀相だ、哀れだと思っているのが正直なところです。


だから、もしわたしが母を許しているのだとしても、おそらくコメントを下さった方が想像しておられるような、あたたかな「許し」ではないのです。


人間の汚い部分を見るようですが、これが正直なわたしの気持ちです。


だから、もし子供に同じようなことをしている方がいて、子供が実はそれが嫌だったとしたら、それを将来許してもらえるとしても、「同情」とか「諦め」とかそういった意味での許しである可能性も覚悟しなくてはならないと思います。


わたしも、今でも迷っている母親を見て、「この人なら、あれが能力の限界だったんだな」と諦めがつきましたから。







そして、もし、どうしても許せない相手がいるのであれば、自分が努力して、幸せになるしかないと思っています。



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【 2008/12/25 15:00 】

コメント返し | コメント(3) |
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コメント
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りほさんの仰ることとても共感します。
温かい許しだけが許しのあるべき形ではないと私も思いますよ。
「温かな許し」しか許さずに、それで逆に自分や他人を追い詰めている人も多いと思います。
YAYO * URL [編集] 【 2008/12/26 12:55 】
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こういう場合、功と罪をわけて考える必要があると思います。私も母との関係でいろいろありましたが、彼女が私にしてくれたことの中には多くの罪もありますが、感謝すべき功もあるのです。だから、彼女を愛しているし大切な人だと思っています。でも過去に彼女が犯した過ちはしっかりと断罪し、精算し、同じ過ちを犯さないように意識しながら歩んでいかなければならないと思います。そこの光と影をあやふやにしておくと、りほさんがおっしゃるように、子どもも同じ過ちを繰り返す恐れがあるのではないでしょうか。幼少のころに受けた親の影響は自分で意識しようとしても、すでに自分の一部になってしまっていることが多く、必ずしも私も意識や理性でコントロールできない場合があります。この複雑なものをひも解き、理性と希望を盾に必死に努力しています。一生かかって向き合う課題だと感じながら。
もえ * URL [編集] 【 2008/12/30 09:07 】
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自分は、他人にたいして、他人の親を許してあげてほしいとか一切いいたくないし言うべきでもないと思っています。そういうことを他人に言える人間は多分家族の問題で苦しんだことがないんだろうなと思う。
ひで * URL [編集] 【 2015/10/07 16:14 】
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